公益財団法人金子国際文化交流財団、アジア、奨学金、

* * 留学生の研究内容の紹介

奨学生の研究内容の紹介について

 本財団では留学生が研究・勉学に専念できるよう、奨学金という形で応援しております。この「奨学生の研究内容の紹介」ページでは本財団の奨学金を受けた方のうち、大学院博士後期課程在学中あるいは博士号を取得された方の研究内容を紹介しております。

 以下、令和7年度奨学生のオウ・シケンさん(埼玉大学大学院)、コウ・イハンさん(東京外国語大学大学院)、ウヌルジャルガル・エルデネフーさん(学習院大学大学院)、ラジ・バラさん(東京農業大学大学院)の研究内容をご紹介いたします。
 掲載期間は約1年間の予定です。

以下、寄稿時の所属でご紹介しております。

オウ シケンさんの研究内容の紹介         2025年8月

無人機リモートセンシングと機械学習を用いた辣木(Moringa oleifera)生物量の推定と成長解析

王子健さん写真令和7年度(2025年度)奨学生

王 子健(オウ シケン)さん

埼玉大学大学院理工学研究科

博士後期課程2年

(2025年8月現在)

研究概要
 本研究は、無人機(UAV)で取得した高分解能画像と地上で測定したデータを組み合わせ、辣木(Moringa oleifera)の生物量および各器官(葉、枝、幹、根)の成長を定量的に推定・解析することを目的としています。

 

研究内容・方法
 ・データ収集:
   見沼田んぼの複数圃場にて辣木を栽培し、各個体について成長記録を行っています。
   無人機画像(RGBおよびVARI等の植生指数)、樹冠のピクセル数、土壌・気象データ、及び管理条件(草刈り、灌漑、マルチシート等)を取得し、地上調査で各器官の生重を測定しています。
 ・機械学習モデルの構築:
   収集した環境要因や管理条件を説明変数、辣木各器官の生物量を目的変数とし、ランダムフォレスト回帰モデル(RF)を構築しています。
   交差検証によるモデル評価を行い、予測精度・汎化能力を高めています。
 ・シミュレーション・応用:
   訓練済みのモデルを用いて、異なる環境・管理シナリオ下で辣木の成長や収量がどのように変化するかをシミュレーションし、最適な栽培戦略の提案に活用しています。

 

研究の意義
 本研究により、気象・土壌・栽培管理など多様な要因が辣木の生育・生物量に与える影響を定量的に可視化できます。これにより、効率的な栽培法や高収量化のための意思決定支援に貢献するとともに、今後のアフリカやアジアの持続可能農業・食糧生産にも寄与できると考えています。

 

コウ イハンさんの研究内容の紹介     2025年8月

アカデミックな独話聴解における推測ストラテジーの選択

令和7年度(2025年度)奨学生

黄 依凡(コウ イハン)さん

東京外国語大学大学院総合国際学研究科

博士後期課程3年

(2025年8月現在)

 私の研究では、日本語を学ぶ学習者が講義や発表といった少し長めの「独話」タイプの音声を聞く際に、どのように内容を理解しようとしているのか、その「思考の流れ」を詳しく分析しています。具体的には、「聞いていて意味がわからない箇所に気づいた時、どうやってその意味を推測し、最終的に理解に至ったのか」という一連の過程に注目しています。
 修士段階の研究では、ジグソー・リスニングという聴解学習活動の効果を調べる実践研究を行いました。その中で、日本語である程度スムーズに読み書きができる中級レベルの学習者たちが、聞くことに強い苦手意識を持っていることに気づきました。彼らは、音声の一部が聞き取れなかった時に、どう対処すればよいのかわからないと感じており、それがストレスや自信の喪失につながっていました。そうした学習者を支援したいという思いが、本研究の出発点です。
 日本語教育の分野において、これまでの聴解研究は、主に次の3つの観点から行われてきました:(1)音声や語彙、社会文化的な背景など、どこに理解の難しさがあるのかを明らかにする研究、(2)学習者が使っているストラテジー(理解のための工夫)を調べる研究、(3)特定のストラテジーを教える授業実践とその効果の検証です。こうした研究では、学習者が感じた困難・使った対処法・その結果としての理解、という3つの要素が切り離されて扱われることが多く、学習者が実際に「どのように考えて理解にたどりついたのか」という推論のメカニズムは、いまだブラックボックスのままだと言えます。
 本研究では、学習者に実際の日本語音声を聞いてもらい、「何がわからなかったのか」「どうやって意味を考えたのか」などを、聴解中とその直後に口頭で説明してもらう方法(発話思考法と回想法)を用いて、理解のプロセスを可視化します。そして、そのプロセスを整理・分析することで、「問題への気づき→推測ストラテジーの選択→推測の実行→理解の結果」という一連の流れの中で、それぞれの段階がどのように関連しているのかを探り、理解のメカニズムを体系的に捉えることを試みています。
 さらに、学習者が知っている音声語彙の量やワーキングメモリ(作業記憶)の容量、聴解に対する意識など、学習者ごとの個人差が推測ストラテジーの選択にどう関係しているかも検討しています。将来的には、学習者の特徴に合わせた効果的な教材開発や指導法の設計に役立つ知見の蓄積を意図しています。

 

ウヌルジャルガル エルデネフーさんの研究内容の紹介      2025年8月

モンゴル中小企業におけるICT導入の心理的障壁低減策の探究:経済多角化に向けて

令和7年度(2025年度)奨学生
Unurjargal Erdenekhuu(ウヌルジャルガル エルデネフー)さん

学習院大学大学院経営学研究科

博士後期課程4年

(2025年8月現在)

 1. 研究背景と目的
 モンゴル経済は鉱業への依存度が高く、GDPの約30%、輸出の約90%、歳入の約30%を占めています(World Bank, 2023等)。この経済構造の偏りは、経済の脆弱性、環境問題、社会的不均衡を招いており、モンゴル政府は経済の多角化を強力に推進しています。その中で、ICT分野の発展は重要な柱と位置づけられ、「E-Mongolia」などの施策により公共分野でのデジタル化は進展しているものの、中小企業(SMEs)におけるICT導入は依然として限定的です。
 SMEsは全企業の約97%を占めるにもかかわらず、GDPへの貢献はわずか5.5%程度にとどまっています。ICTの導入は業務効率化や競争力向上に大きく貢献すると期待される一方で、その導入にはさまざまな障壁が存在します。これまでモンゴルにおけるICT導入に関する研究は、教育や行政分野に焦点を当てたものが主であり、SMEs、特にその心理的側面に注目した研究は不足しています。より一般的に研究されてきたインフラやコストといった外的要因に加えて、個人の認識、態度、不安、つまり彼らの心理的構成要素が、新しいテクノロジーを受け入れる意欲に決定的な役割を果たします。 本研究は、モンゴルのSMEsにおけるICT導入を妨げる内面的な要因、特に心理的障壁に焦点を当て、その実態を明らかにすることを目的とします。これにより、SMEsにおけるICT活用を促進し、モンゴル経済の多角化に貢献することを目指します。

 

2. 研究方法と進捗
 本研究は、インタビューと質問票調査を組み合わせた混合研究法を採用します。予備調査として、複数のSMEs経営者およびIT担当者へのヒアリングを実施した結果、インフラの未整備、技術の老朽化、コスト、人材不足、制度の不備といった多様な外的要因に加え、「心理的障壁」がICT導入の大きな妨げとなっている実態が明らかになりました。具体的には、対面志向の強さ、ICTへの不信感、スキル不足に起因する不安などが挙げられます。今後は、ICTを一部導入している約20社を対象に、以下の3点に焦点を当てた質問票調査を行う予定です。
 ?ICTの価値認識: ICTが業務改善にどのように役立っているか。
 ?信頼性と安心感: 国内ICTツールに対する不安の有無とその要因。
 ?利用への自信: ICT操作に対するストレスの有無とその内容。
 質問票設計にあたっては、さらなる文献調査を行い、心理的障壁を的確に測定できる項目を設定します。また、一部企業には追加で詳細なインタビューを実施し、質的データも収集することで、多角的な分析を可能にします。

 

3. 研究の意義と貢献
 本研究の学術的意義は、モンゴルやその他の発展途上国におけるSMEsのICT導入研究において、これまで十分に光が当てられてこなかった心理的要因に焦点を当てることで、研究の空白を補完する点にあります。また、実務的にも、政府機関、支援団体、IT企業に対して、SMEsのICT導入を促進するための信頼の醸成や人材育成に関する具体的な示唆を提供できると期待されます。ICTの普及とモンゴル経済の多角化に貢献するとともに、日本で得た知見と視座をモンゴル社会に還元することが、私の重要な責任であると考えています。

 

ラジ バラさんの研究内容の紹介      2025年8月

大豆パニール開発のための微生物動態と発酵効率に及ぼす乳酸菌と酵母の影響

令和7年度(2025年度)奨学生
 Raj Bala(ラジ バラ)さん

東京農業大学大学院生命科学研究科 

博士後期課程1年

(2025年8月現在)

 大豆を原料としたパニールを乳酸菌(LAB)および酵母によって発酵させる研究は、栄養価、機能性、官能特性の向上を通じて、植物性たんぱく質の代替食品としての可能性を高める重要な取り組みです。
 大豆は約40%の高品質たんぱく質に加え、イソフラボン、食物繊維、必須微量栄養素を豊富に含みますが、同時にフィチン酸やオリゴ糖によるミネラル吸収阻害や消化の妨げといった抗栄養因子も有しています。
 本研究では、これら抗栄養因子の分解促進(フィチナーゼ・グリコシダーゼ活性)を通じてたんぱく質の消化率を高め、イソフラボンのアグリコン化を促すとともに、乳酸菌や酵母によるビタミン(例:B群、K)の合成、生理活性ペプチド(降圧作用・抗酸化作用など)の生成、並びに“ビーンズ臭”などの生臭みを低減し、食感や香りを改良することを目指します。特に、インドでは乳製品依存が高く、畜産による環境負荷が問題視される一方で、ベジタリアン人口や乳糖不耐症者が多く、動物性たんぱく質の摂取が制限されている層において十分な栄養を確保することが急務です。その点、発酵大豆パニールは文化的にも受け入れやすく、栄養改善・持続可能性・公衆衛生の観点から極めて意義があるといえます。
 本研究では、選抜したLABおよび酵母株をスターターとして用い、pH・酸度・菌数のモニタリングを通じた発酵効率の評価に加え、次世代シークエンス(NGS)による微生物群集解析とHPLC/LC MSによる代謝物プロファイリングを実施します。さらに、官能評価により味・食感・受容性について7点・9点尺度で定量的に評価し、微生物動態・代謝プロファイルと官能特性の相関を明らかにします。このように、微生物から消費者受容性に至る総合的解析を通じて、高品質で安全性の高い発酵大豆パニールの開発を目指し、インドにおける栄養改善、環境負荷低減、公衆衛生向上に貢献する研究です。

 

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