公益財団法人金子国際文化交流財団、アジア、奨学金、

創設者・初代理事長のことば

創設者・初代理事長 金子泰藏のことば ―動機・経緯・展望―

当財団の設立理念を忘れないために、当財団設立者金子泰藏先生が書かれた文章を転載します。

当財団「30年の歩み」(2015年)より抜粋

1 世界の中の日本
 わたくしたちはこの世に生をうけた以上、まず何とか生きて行きたいと思います。そして日本に生まれた以上、日本人として、しかも立派な日本人として生きて行きたいと思います。
 しかし、現実の状態はどうでしょう。新聞、ラジオ、テレビ等の報道機関の伝えるように、この地球は確実に年と共に小さくなっております。日本人が日本のことだけを考えていればよいという時代は、もはや遠い夢となりました。日本人たると共に国際人たるの自覚を持たなければ生きて行けない時代となりました。これに処して行くためには、わたくしたち日本人たるものはどうあるべきでしょうか。
 戦後、日本の経済は発展、向上、拡大からの一途をたどり、敗戦苦の極東の一小国から現在では経済大国、また先進国と称される程に成長し、正に20世紀における世界の奇跡と呼ばれるにふさわしいものでありました。
 しかしながら、日本は地理的にも極東の一隈にあって、歴史的にも諸外国との交渉、交流に乏しく、その固有独特の文化的背景のため、極東の孤児の覬があって一般に理解されにくい状況にあったと申しても差し支えないと思います。日本の側から見ても、諸外国はその先進国たると中進国、後進国たるとを問わず、一種の別世界と割り切って、異文化圏の諸国に対する理解と研究を疎かにしていたと思います。

 

2 以心伝心の日本人
 単一言語、単一民族、単一文化という日本の特色は、一致団結には強い機動性を発揮しますが、国際イ匕の新時代には必ずしも長所とのみ観ることは出来ません。日本人の特性は一言にして言うならば、〈以心伝心の世界に安住する〉といわれます。相手方が全部事こまかに言わなくても、その真意を充分理解出来る世界に生きてきたのであります。従って、すべてを任せて安心していられる社会です。しかし、国際化時代の異文化圏の人々との関わり合いは、相手方の文化、社会、宗教、経済の考え方等のあらゆる点に気を配らなければなりません。

 

3 心と心
 折角日本は経済的に大発展、大飛躍を遂げて世界の注目を集めたにも拘らず、各国とも自国の現状と日本の華々しい躍進とを比較し、ややもすれぱ日本及び日本人を批判的に論ずる向きも現れ、ヴォーゲル博士の好著『ジャパン・アズ・ナンバーワン』とは裏腹に、却って日本人を自己中心的利己主義の民族、国民と断じてこれを敬遠、更には敵視する気風さえ生まれつつあります。私ほとりあえず、米国における日本語教育という点から当初この仕事をスタートしましたが、要は心と心、人間と人間の問題であります。日本人がただ口先だけの国際人でなく真の国際人、即ち民族、国籍、派閥、階級に関係なく本当に相手から親しまれる〈善き隣人(となりびと)〉になるためには、もう一度原点に立ちもどって足許からの出直しが大切だと思考するに至りました。

 

4 具体的な行動として
 私はとりあえず、オレゴン州の諸高校に日本語講座を寄附する事業をスタートするための非営利米国法人金子国際研究教育財団(Kaneko Foundation for International − Research Education, =K-FIRE)設立の申請を行い、1983年1月26日付けをもって州政府の認可を得て、その後も引き続き活動を継続してまいりました。この仕事を将来とも進めて行くと同時に、且つ海外との国際文化交流には(1)留学生の受入れ(2)国際理解の促進(3)背景文化の研究、理解等の国内においても為すべきことが多々残されていることにも思いをいたし、ここに新しい文化交流を主流とする財団法人金子国際文化交流財団の設立を申請して文部省の認可を得たものであります。

 

5 あとがき
 わたくしは、わたくしに残された体力、知力、財力の全てをあげて、この仕事に打ち込みたいのです。
 就学前の幼児期から傘寿をすぎた今日でも、わたくしの師でありっづける新契約聖書(新約に非ず)の日本における最初の原点よりの訳者浅草教会牧師故永井直治先生の訓(おしえ)を守って、率先挺身世界の十字街頭に立って道を切り鬨いて行きたいと存じます。ご賛同をえられれば幸いです。
                  [昭和59年11月記:設立に当たって]

 

 
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